河津八幡神社
河津掛けと力石

日本三大仇討ちの一つ曽我兄弟の父河津三郎祐泰を奉る神社で
相撲の決まり手の一つ「河津掛け」の考案者とされています。
境内には三郎の像と朝夕鍛練に使ったとされる重さ約300Kgの
通常「力石」(手玉石)を置いてあります。

ここで一つ「河津掛け」はTVなどで「かわずがけ」と出ますが
「かわづがけ」にしてもらいたいですね。

10月の秋祭りには
伝統の子供相撲が地区の若い衆によって開催されます。

当館より徒歩2分


八幡神社境内、右の白い建物は公民館です。
車でも乗り入れられるのですが、
地区住民の催し物等で公民館の貸し出しがある時は
ロープで閉鎖されていますので注意して下さい。

鳥居の脇に力石を持ち上げている
河津三郎の像があります。もちろん、まわし姿
この人、河津三郎が相撲の決まり手「河津掛け」の
考案者とされています。捨て身の技で大相撲では
めったに出ません

この像は、河津町出身の木彫家「後藤白童」作で
文展に「畳石」の名で初入選したものです
昭和17年に寄贈されました

後藤白童プロフィール

河津三郎の力石、手玉石とも言われますが
地元では力石と呼ぶ事の方が多いです。
手玉石のいわれは、相手を手玉に取るから来ているようです。
この石、持てっこないと思うでしょ。持った人が昔いたんですよ。

これも河津三郎の力石です
これならどうにか持ち上げられそうですね。

ちなみに、私が小学生の頃には校庭に土俵もあり、
又運動会の種目に「三郎競争」という俵に見立てた土嚢を運ぶ
競技がありました。今は土俵も三郎競争も姿を消してしまいましたが

力石のわきに案内看板があります
看板の脇に地元進栄会の作った小誌が有りますので
ご自由にお持ち下さい。

曽我兄弟の像 富士の巻狩り
2005年10月に駅前ロータリーより移設
これで数百年ぶりに親子対面となりました

こちらの像も「後藤白童」作 昭和55年に寄贈されました